“40回”に込められた歴史〜OLK大会の魅力②〜

こんばんは!今回は、OLK大会の長い長い歴史についてのお話です。

 

OLK大会は、今回でなんと40回目を迎えます。最初の大会が開催されたのは1980年、まだ昭和のころ。

 

その歴史を、クイズ形式で振り返る…のは去年もうやったので、今年はまた趣向を変えて、節目の大会をその地図とともに振り返っていく形式でお届けします。(地図はクリックでポップアップ、または別画面で開きます。ぜひ拡大してご覧ください。)

 

第1回大会 「ほんだ」(千葉県千葉市)

記念すべき第一回大会。

OLK大会の歴史を語るうえで外せないのがやはりこの大会。千葉県千葉市、今の緑区誉田(ほんだ)町付近で開催されました。

 

道と耕作地の入り乱れた感じからは、ここでどのようなコースが組まれたのか想像もつきませんし、Google Mapで見る限り、造成による宅地化が進んだ今では、テレインのあともうかがえません。

 

それでも、OLKが自分たちの力で調査、作図をし、大会を開く、その歴史は全てここから始まったのです。

 

第10回大会 「道元平」(埼玉県比企郡玉川村小川町)

「どうげんひら」と読みます。

第10回大会は、この全面の緑色が特徴の、「道元平」で開催されました。調査した人の苦労がしのばれますね。

 

埼玉県で開かれるOLK大会としては、実はこれが初めて。そして、次の埼玉県での開催は、12年後の第22回大会@宇根峠までありません。OLK大会は、埼玉のテレインとは縁が薄い(?)のかもしれません。

 

ちなみにこの地図の「道元平」の題字、なんと地元・玉川村の村長さんに書いていただいた字のようなんです!(画像の下の方、題字の下あたりに小さく書いてあります)

 

こんな形で地元の方とのつながりがあるというのも、ある意味OLK大会らしいのかも?

 

第20回大会 「倉渕~道祖神の里Ⅱ~」(群馬県群馬郡倉渕村)

縦長の地図。

時は1997年、今大会の運営者がこの世に誕生したかしてないかぐらいの昔のこと。OLK大会の歴史の折り返し地点は、ここ、群馬県は倉渕村(現在は市町村合併で高崎市の一部となっています)で迎えました。

 

上で触れた埼玉県とは対照的に、OLK大会の開催が非常に多い群馬県。第20回までで5回、その後20年では実に9回を数えます。

 

この地図、実は今大会のイベントアドバイザーを務めてくださっている、西脇正展氏が作図した地図なんです!今ではおなじみの作図ソフト、Ocadが使われ始めたのもこの頃。歴史を感じますね。

 

倉渕で大会が開かれたのは、これが2度目。しかしこれを最後に、倉渕での開催には至っていません…。アクセスや調査環境の悪さから、検討はされるものの実現はしない、というのが続いてしまっている模様。

 

平らで走行可能度も良く、OLK内にファンも多い優良テレインなので、いつか再び大会が開ければと思っているのですが…

 

第30回大会 「葛山」(静岡県裾野市)

こちらは「かずらやま」と読みます。

30回目の節目にして登場するのは、前年度を始めOLK大会が何回も開かれていることでおなじみのこのテレイン。(裾野の歴史については昨年度ブログのこの記事が詳しいです。)

 

その回数、去年度の大会で実に5回目。そして、これだけ多くOLK大会が開かれているのは、今大会のテレイン、赤城をおいてほかにはありません。

 

両テレインに共通して言えるのは、長年の大会の蓄積、そして地元の方のオリエンテーリングへの理解が深い地域であるからこそ、何度も大会を開催することが可能になっているということ。

 

ちなみに、ここ3回の裾野での大会の翌年は、必ず赤城での開催、というサイクルが続いています(29回→30回、35回→36回、39回→40回)。おそらく偶然だとは思いますが、こんなところにも裾野と赤城の結びつき?が感じられますね笑

 

第40回大会 「???」(群馬県渋川市赤城町)

というわけで、OLK大会は今大会で40回を迎えることができました。

 

長い歴史の中で、守るべきは守り、それでも常に変化を追い求めてきたOLK大会。

 

今大会も、そんな歴史に新たな1ページを刻めるような、素敵な大会になるはず。皆さんの参加をお待ちしております!

 

それでは、引き続きよろしくお願いします。

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